三島由紀夫は、祖父の代から父、自分と、帝大を出ているエリート裕福家系。
大衆とはズレていた。
だからこそ、戦後の日本が豊かになっていく流れで、
日本が良くなってる
という大衆感覚だったこととギャップがあったのだろう。
日本は経済にうつつをぬかして精神的に退廃している、と。
その観点では、三島という男は、ある種、金持ち坊ちゃんが暇を持て余していたのかもしれない。作家業で食えるということは、ある意味、持て余しているからね。
三島由紀夫は、質実剛健の校風である当時の学習院で少年期を過ごし、軍人系も多い中、
二十歳で軍隊に召集されたのに、体力面でNGになった
というコンプレックスが深かった。それが、のちに、「軍人として死にたい」という末路につながる。人は20歳くらいまでに手に入らなかったことを一生追いかける。学生時代にインキャだった人が大人になって陽キャを演じ続けようとするそれに似ている。
幼少の頃から、体が弱く、頻繁に学校を休み、祖母に過保護に育てられる。
戦争に呼ばれたのに行けず、
同世代は戦争でバンバン死ぬ。
当時は、男らしさが評価される時代。
そんな中、のうのうと生き残り、作家として成功し、社会的に存在を浴びる存在だからこそ、コンプレックスが深くなる。
オレはただ、文字屋だ。言葉遊びをしている。
と。
文系コンプレックスの極みでもある。
例えるなら、学生時代、体育会系をまともに体験せず、病弱がちで、過保護に育てられた、
「スポーツ陽キャとは真逆、社会不適合者」(文学者はみんなそう)
が大人になってそのコンプを噴出させる。
文字、文章、言葉遊びで成功してしまったばっかりに、
「中身がないのでは」
という空虚さを抱える。
これは、コムドットヤマトが、ベテランちに
youtuberは仕事じゃないだろ
と揶揄されて感情的に反発している様子と同じだろう。
youtuberとして持ち上げられたばっかりに、
「自分はそれだけの空虚な存在じゃない」
と主張したがる。
三島は、30歳あたりから、身体を鍛え始める。
この辺りは松本人志と似ている行動かもしれない。
文化人というのは、言ってみれば、
暴力的なオスの世界から離れた、ある種、女々しい世界
として捉えることもできる。
三島は文学者としてではなく、軍人として死にたいという言葉も残している。
男に生まれれば、弱さは必ずコンプレックスになる。
ましてや、社会的賞賛を受ける立場になり、成功者になり、耳目を集める存在になればなるほど、「弱さに集まる視点」も気になる。
これは、不細工芸で捨て身で売れた女芸人が、成功と金を手にした後、きれいになろうとするそれと似ているかもしれない。
「文字屋」
「言葉で飯を食う」
という存在でスポットライトを浴びるほどに、その空虚さ、言論の限界を知る。
そして、世相が、学生運動の時代。
戦前の日本と、戦後の日本は激変する。
それについて、学生たち、血気盛んな若者たちが、
こんなんでいいのか
と憤り、ある種の革命思想を持ち、「言論の限界」を感じて大学を中心として暴れ回る。そういう時代。
そういう時代と、三島の言論コンプレックスが交差する。
そこに、日本の退廃を重ねる。
三島は、帝国時代の日本に育ち、その渦中で、帝国軍人になれなかった落ちこぼれ。
その日本が、その日本らしさを失い、変わっていく。
退廃に見えたのだろう。
そして、国家観の叫びになる。
ざっと三島を現代の価値観で捉えれば、
トチ狂った文学者が、自衛隊駐屯地で、総監を人質にして謎のスピーチを行い、挙句、自殺した
という意味不明な人物。
ただ、三島の危機感や主張に歩み寄るならば、まさに、
「経済に傾いて、身体性や実体性を疎かにして、言語空間的なものでのお遊びが行き過ぎた空虚な存在」
というのは、要するに、今でいうSNSインフルエンサー、配信者、youtuberとかであろう。
三島由紀夫は海外からの評価が高く、海外の人間の意見を参考にするとまた見え方が変わる。
特に、
言葉ばかりじゃなくて、行動、することで示せ
という「体現」の精神が西洋人に刺さるのは、西洋がポリコレ主義に害されているから。
そう、三島が抱いた危機が、昨今、あちこちで目につくクソフェミニストである。
ポリコレ連中である。
欧米では、「喋らなかったことは、なかったこと」「言語化しなかったことはなかったこと」とされ、とにかく主張したもんがち。
だからみんな、自分の権利を叫ぶ。
三島が抱いた危機的な将来というのは、
昨今、SNSで見かける、「出産で偉そうにする主婦ババア」に見てとれる。
↓言葉もすべりまくっている。

Screenshot
まさにこういう、言葉が上滑っている、
「言ったもん勝ち」
「主張したもん勝ち」
「権利を叫んだもん勝ち」
の人間が、日本以上に溢れかえっている。
そして、過剰に暴力を恐れ、社会的タブーとする。
それが欧米社会。
その世界では、むしろ、古くからの日本的美徳を崇めて、
何より「体現」しようとし、
実際、自らの命でもってそれを表現した三島の美学が、海外からは「説得力をもっと映る」のであろう。
なにより、世界的に有名な
腹切り
で死んでいるのであり、その人間が、戦時中や侍の時代ではなく、
ある程度、現代人が抱える、精神的葛藤や、社会への疑問に共通の感覚を持って、巧みな言葉遣いで切り込む
という日本人作家だからこそ、世界から見ると興味深く映る。
それは、我々がゲーテやニーチェをみて、そこから人生に役立つ言説を引き出せたときの感動をおぼえるそれと同じで。
三島由紀夫 死因
三島由紀夫 首
三島由紀夫 思想
三島由紀夫 切腹
三島由紀夫 何 した 人
三島由紀夫 自決
三島由紀夫作品
三島由紀夫 代表作
===
![]() ![]() ![]() ![]() |
![]() ![]() ![]() ![]() |
![]() ![]() ![]() ![]() |
"make you feel, make you think."
SGT&BD
(Saionji General Trading & Business Development)
説明しよう!西園寺貴文とは、常識と大衆に反逆する「社会不適合者」である!平日の昼間っからスタバでゴロゴロするかと思えば、そのまま軽いノリでソー◯をお風呂代わりに利用。挙句の果てには気分で空港に向かい、当日券でそのままどこかへ飛んでしまうという自由を履き違えたピーターパンである!「働かざること山の如し」。彼がただのニートと違う点はたった1つだけ!そう。それは「圧倒的な書く力」である。ペンは剣よりも強し。ペンを握った男の「逆転」ヒップホッパー的反逆人生。そして「ここ」は、そんな西園寺貴文の生き方を後続の者たちへと伝承する、極めてアンダーグラウンドな世界である。 U-18、厳禁。低脳、厳禁。情弱、厳禁。



